製品のライフサイクルにおける温室効果ガス(GHG)排出量の削減を実現するには、大きく2つの課題があります。
1つ目は製品別にGHG排出量・削減量を評価する必要があるということ。そして2つ目は、GHG排出量を削減するための具体的な施策を実行しなくてはならないということです。
環境負荷を製品別に定量的に評価する手法としてLCA(Life Cycle Assessment)がありますが、国内の製造業界では、LCAの具体的な実施方法がわからずに取り組みが進んでいない企業も多いのが現状です。また、実際にGHG排出量を削減するのは容易ではないという声も多く聞かれます。
本コラムでは、住友化学がどのようにLCAに取り組んでいるのか、GHG排出量削減をどうやって進めようとしているのかについてご紹介します。
2020年10月、日本は2050年までに温室効果ガス(GHG)の排出を全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すことを宣言しました。カーボンニュートラルな社会の実現に向けて、企業には製品のライフサイクルを通じたGHG排出量の管理と削減が求められています。そのために、LCA(Life Cycle Assessment)による評価が必要となります。
LCAを実施すると、製品・サービスのライフサイクルの中で、各工程における環境負荷を把握・管理することができます。優先的に環境負荷削減に取り組むべき工程が明らかになり、具体的な削減手法の検討が可能です。また、製品・サービスごとの環境負荷を比較しやすくなります。
しかし、工程が複雑な化学プラントで製品を作っている当社にとって、LCAの実施は至難の業でした。その理由とともに、GHG排出量の見える化に向けて当社がどのように取り組んだのかについてご紹介します。
LCAの中でも、対象をGHGに限定しているのが製品カーボンフットプリント(CFP)です。CFPは、製品のライフサイクルを通じたGHG排出量をCO2に換算して表します。素材産業の場合、原料の採掘から出荷までの段階を表す”Cradle to Gate”でCFPを算定することが一般的です。
2015年にCOP21で「パリ協定」が採択されたことをきっかけに、当社の製品を利用しているお客様から、製品のCFPを知りたいという問い合わせが大幅に増えました。当社ではそれまで、1件毎に、環境部門、事業部門、工場が相談しながら、表計算ソフトなどを使ってCFPを算定していました。計算は担当の社員がそれぞれに工夫をしながら行っていたので非常に時間がかかりました。また、計算が複雑なケースには対応できず、考え方や計算方法も統一されていないという課題がありました。
「なんとか会社全体として、CFPを効率的に算定するためのツールを作れないだろうか」ここから、社内で使えるCFP算定システムを作ろうというプロジェクトが始まりました。
CFP算定システムの設計はケミカルエンジニア、開発はIT推進部が担当しました。CFPの計算方法はISO14040, 14044, 14067で定められていますが、化学業界の実態に合わせてシステム化するのは容易ではありませんでした。下流の製品を原料として上流の製品を製造する場合もあるため、複雑な計算が必要になるからです。また、主製品以外の副生品などが発生する場合にGHG排出量をどのように配分するのかは、ISO規格でも決定的な基準が示されていません。製造工程を熟知したスペシャリストたちが議論を重ねて、完成にこぎ着けました。
出来上がったCFP算定システムにより、計算方法が全社で統一されました。また、どの製品がGHGを多く排出しているのか、製造工程を俯瞰して把握することにも役立っています。それまで表計算ソフトなどを用いてCFPを算定していた現場担当者からは、喜びの声が上がりました。
次のステップとして当社が行ったのは、CFP算定システムの無償提供です。最初は社内向けに作ったシステムでしたが、開発を進める中で、他の化学メーカーも同じ悩みを抱えているのではないかという思いが強まっていました。CFPの算定は競争領域ではありません。経営層の後押しもあり、誰もが使えるシステムを無償で提供することで、社会全体にGHG排出量の見える化を広めたいと考えたのです。
システムに付けた名称は「CFP-TOMO®」。「TOMO」は「皆様と共に」という意味のほかに、ユーザーフレンドリーなツールでありたいという思いも含まれています。無償提供を開始すると、予想以上に大きな反響がありました。既に約60社(2023年1月現在)に導入され、非常に使いやすいという声をいただいています。
CFP-TOMO®によってCFPを効率的に算定できるようになったら、次はCFPを基に、実際にGHG排出量の削減を行うことが重要です。当社の取り組みについてご紹介します。
当社は、GHG排出量の少ない製品を求めるお客様のニーズに応えられる製品を社会に出していくことを目的に、「Meguri®」というブランドを立ち上げました。Meguri®は、ケミカルリサイクルやマテリアルリサイクルなどの技術によって廃棄物から再生したプラスチック製品を対象とした総合ブランドです。当社が培ってきた技術やノウハウと、最新のリサイクル技術を活用し、優れた品質のリサイクル製品を提供します。Meguri®製品を通じて、お客様のGHG排出量削減の取り組みを一歩進めるために貢献したいと考えています。
Meguri®を立ち上げた背景や、名前やロゴに込めた思い、今後展開予定の製品例については、こちらのコラムをご覧ください。
Meguri®ブランドの主力となるのが、プラスチックをリサイクルした製品です。当社はその開発と事業化に取り組む上で、大きなハードルを乗り越えようとしています。
開発段階においては、廃棄物の原料化や、リサイクル製品の製造プロセスの構築といったハードルを乗り越えるために取り組みを続けています。そして、最も重要なのは、いかにして事業として成り立たせていくかというハードルです。完成したリサイクル製品を社会に広めていくには、リサイクル製品の環境価値に対する認識を広める必要があります。そのために、お客様が環境価値を評価しやすい仕組みを作ることを重要課題の一つと考えています。そこで当社は、これまで重視されてきた性能・性質や価格などの評価軸に加えて、GHG排出削減貢献量を製品の評価に取り入れました。貢献量という明確な数値を示すことで、「環境にやさしい」という漠然としたイメージに頼らずに、リサイクル製品の環境価値を定量化して議論できるようになります。
その一助となるのが、CFP-TOMO®です。
CFP-TOMO®は、お客様が現在使っている製品や、これから使おうとしている製品がどれだけのGHGを排出しているのかを見える化します。最近では、CFPの算定結果をお客様と一緒に議論する場面が増えてきました。「よりGHG排出量の少ない製品やグレードはないか」といった問い合わせもいただいています。
製品単位のGHG排出量の見える化には「CFP-TOMO®」を。GHG排出量削減の具体的な策としては「Meguri®」を。住友化学はGHG削減に向けた2つの課題解決に、これらのシステムや新ブランドを開発することで挑んでいます。
なお、リサイクル製品のCFP算定方法については、GHG排出量の削減効果をどのように表現すべきか、学会や業界でも議論が続いており、まだ明確な結論が出ていません。当社は、特に欧州の化学業界の動きを注視するとともに、アカデミアのLCA専門家との共同研究を進めるなど、最新の情報を取り入れながらお客様にご提案できるよう努めています。
当社は、2030年度までに、自グループのGHG排出量を2013年比で50%削減することを目指しています。そのために挑戦しているのが、工場などから排出されたGHGの回収・有効利用など、革新的な技術の開発と実用化です。今後はさまざまなパートナーと連携しながら、化学メーカーとして世界全体のGHG排出量削減に役立つ製品・技術を開発し、早期に社会実装するための取り組みを先導していきたいと考えています。
その一環として、製品単位のCFP算定システムであるCFP-TOMO®を無償で提供しています。現在、CFPを算定できるシステムは複数存在していますが、無償のものはほとんどありません。CFP-TOMO®は無償で広く利用できますので、CFPの算定でお悩みなら、ぜひお問い合わせください。
2023年3月作成